大正4年12月に北海道で発生した史上最大の熊害「三毛別羆事件」を題材とした記録小説の傑作「羆嵐」。
記録小説という事実に基づき描かれた小説ということで、山中での熊対策の参考になるかもということで手にとって読んでみたところ、思っていた以上に参考となりましたので、書評として紹介させていただきます。
基本情報
本書籍の基本情報です。
概要
あらすじ
雪に覆われた冬の北海道苫前村。その村落に住む島川一家を襲った巨大な羆は、この家の住人だけでは飽き足らず、近隣の家を次々に遅い、多くの子供、妊婦を殺害していきます。
同郷人を襲われて怒りに湧く村人達は、若い男達を中心に討伐隊を編成し羆の討伐にあたりますが、全く成果を上げることが出来ません。
警察も出動し大規模な討伐作戦を繰り広げますが、一頭の羆になすすべも無くあしらわれてしまう様をみた区長は、偏屈だが腕は超一流の老マタギ「山岡銀次郎」を村に呼び寄せ討伐に当たらせることにします。そして。。。
著者「吉村昭」
1927年5月生まれの日本の小説家で、もともとは歴史小説家として名を馳せましたが、徹底した史実調査や関係者へのインタビューを元にした正確なエビデンスに基づくリアルな作風から、記録小説と呼ばれる新しいジャンルを確立させるに至ります。
また、海を舞台とした多くの作品を残していますが、山岳関連の作品もあり、今回紹介する「羆嵐」の他に、映画「黒部の太陽」の原作となった「高熱隧道」など、山屋にも楽しめる作品も手掛けています。
晩年は、膵臓ガンを患い、摘出手術を受けましたが、自宅療養中に自ら点滴の管を抜き命を断ったようです。
三毛別羆事件
本小説のベースとなった、日本史上最大最悪の熊害事件です。
1915年(大正4年)の12月に、北海道苫前村三毛別の六線沢の村落に一頭の巨大なエゾヒグマが襲来し、数日のうちに7名の村民の命を奪い、3名が重症を負うという凄惨な事件を引き起こしました。
この事件により、これまで信じられてきた熊の習性に誤りのあることが発覚。その他にも新たな習性等が判明し、後の熊よけの対策や熊撃退の方法に対して大きな影響を与えました。
本事件で発覚した主な熊の習性
- 火を恐れない
- 死んだふりは通用しない
- 己のエサと認識したものへの執着心が異常なほど強い
また、本事件の悲劇を後に伝えるためということで、北海道苫前町には当時の様子を復元した「三毛別羆事件復元地」を開設し、無料で一般公開しているようです。
ただ、現在でも羆の出没地ということで、訪れる際には音の出るものを携帯するよう注意を促しているので、行ってみるときには熊鈴などの準備は怠らないほうがよいでしょう。
以下に、同町HPのリンクを掲載しておきます。
本書を読んだ感想
ここからは、本書を読んだわたしなりの感想について述べていきます。
まず、読了後に頭に残ったのは、被害者達の衝撃的な台詞の数々でした。
少しネタバレになってしまいますが、
襲われている妊婦の悲痛な叫び声「腹破らんでくれ。 喉食って殺してくれ。」
母親の遺体を食害された息子が口にした言葉「おっかあが少しになっている」
これら台詞は、作者の脚色なのかもしれませんが、強く印象に残るショッキングな言葉で、暫くの間は頭から離れなかったことを覚えています。
その後、村人達による討伐隊の結成から討伐失敗に至るまでの流れとなっていきますが、メンテ不足による立て続けの銃不発や、勢いだけで冷静さを欠いた村人達の失態など、人間の無能さが浮き彫りとなっていく様が淡々と綴られていきます。
最終的には、銀次郎の登場により事は収束していくことになりますが、熊討伐後にも一悶着起こったりと、総じて人間の負の面々を見せつけらる考え深い内容の作品でした。
まとめ
「三毛別羆事件」を題材とした記録小説「羆嵐」の紹介でした。
本書については、熊のリアルな恐ろしさについて評している書評が多いですが、不思議とわたしには「怖さ」というの感情は湧いてきませんでした。
寧ろ、冷静さを欠いた行動の危うさ、準備を疎かにすることの愚かさといったことに、改めて意識を向けてくれた教訓めいた作品となりました。
もし、この記事を読んで興味を持たれたら、巷の「怖い」といった声に惑わされずに、一度、目を通してみることをおすすめします。
日頃、己がとっている行動や考え方を見直すきっかけになるかもしれませんよ。
また、同事件を事実のみを元に書き上げたノンフィクション作品「慟哭の谷」についても書評を載せておきます。本作との比較に合わせてお読みいただければ幸いです。
それでは、ここまでお読みくださりありがとうございます。
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